研究はなぜ属人化するのか
あの人が辞めた途端、同じ実験のはずなのに、なぜか以前のようにうまくいかなくなる——そんな経験はないだろうか。マニュアルはある。データも残っている。それでも、何かが足りない。
研究という仕事は、本質的に属人化しやすい
研究の質は、突き詰めれば「その人にしか分からないコツ」に支えられている。なぜこのパラメータの組み合わせだとうまくいかないのか、この曖昧な出力結果はどう解釈すべきか——こうした判断の多くは言語化されないまま、特定の研究者の頭の中にだけ存在している。これが「属人化」だ。
属人化が起きる原因は、業種を問わず共通している。
- 短期的効率性の追求 — 業務を早く回すには、熟知した人物に任せるのが短期的には効率的
- 育成コストの負担 — 人材育成は短期的にはコスト(赤字)として認識されやすい
- 時間的余裕の欠如 — 引き継ぎや言語化に時間を割く余裕がなく、ベテランがフル稼働のまま退職を迎える
- 非言語的な伝承文化 — 「見て覚えろ」という職人気質が、言語化されない経験知の温床になる
- 誤った諦め — 「この業務は毎回違うからマニュアル化は不可能」という思い込み
- 環境要因 — 労働人口減少、特に若年層の減少という外部環境も属人化を後押しする
どれも、聞けば「確かに」と思う話ばかりだろう。属人化は、誰か一人が怠けているから起きるのではなく、組織のインセンティブ構造が自然とそこに行き着くようにできている。
研究領域には、さらに固有の脆弱性がある
一般的な業務の属人化に輪をかけて、研究・R&D領域には構造的な弱さが重なる。
まず、論文という媒体そのものの限界だ。科学論文は本来、査読者や同業者とのコミュニケーションのために書かれるものであり、再現のために書かれるものではない。そのため著者は実装の細部——研究者同士の関係性の中でしか伝わらない知識、身体で覚えた勘所、チーム内で暗黙に共有されている前提——を日常的に省略する。ある学術研究では、この省略が自動化された論文再現において平均10.04%の性能ギャップを生むことを実証した。「論文通りにやったのに再現できない」という研究者なら誰もが経験する現象には、こうした裏付けがある。
計算系の研究は、とりわけこの喪失に弱い。なぜ特定のパラメータの組み合わせが不安定な結果を生むのか、曖昧なモデル出力をどう解釈するか、どのデータ種別にどの計算アプローチが適しているか——こうした判断力は、研究システムを支えるソフトウェアエンジニアリングのスキルとともに、担当者が去れば維持できなくなる。
さらに、アカデミアには雇用構造そのものに由来する問題もある。ポスドクや若手研究者の在籍期間は短く流動性が高いため、技術やノウハウがそもそも定着しにくい。研究資金の獲得や教育管理に追われる指導者自身が、現場での直接指導に十分な時間を割けないという事情も、属人化を後押しする。
せなかママ「見て覚えろ」も「マニュアル化は無理」も、誰かの怠慢というより、みんなその場では合理的な選択をしているんですよね。だからこそ厄介なんです。
次回予告
属人化は避けられない。ここまでは、いわば前提の確認だ。問題は、この属人化を放置したときに何が失われるかである。次回は、「人材が辞める」という出来事の本当のコストについて掘り下げる。
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